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再帰動詞についてのいい感じの説明記事(英語)を見つけたので翻訳するだけの回

https://www.espanolavanzado.com/gramatica-avanzada/586-se-aspectual

 

(引用開始)

文法書ではあまり取り上げられないが、日常会話では大きな意味を持つトピックが、いわゆるSe相(アスペクト)(Se de matización/intensivo(ニュアンスのSE、強調のSE) またはdativo aspectual/concordado(与格相、一致相)とも)である。

 

このテーマは、多くの論文や書籍、フォーラムでの議論の対象となっており、著者たちはしばしば、Se相の存在を説明する経験則を考え出そうとしているが、それは簡単なことではない。

 

「(中略)『se』形の研究に立ち向かうことは、スペイン語の様々なクリティック代名詞の振る舞いについて一般的かつ統一的な説明を提供することができないことを考えると、かなりのリスクを伴うだろう」

 

以下の文を見てみよう。

 

    -El niño se comió la manzana.

    -El hombre se murió ayer.

    -El jarrón se cayó al suelo.

    -Juan se imaginó el cambio.

 

これらの4つの例では、seは文の様相を微妙に変化させるために使われている。seを削除しても全体的な意味は変わらないかもしれないが、聞き手と話し手が出来事をイメージする方法が変わり、seの存在によって暗示される追加情報の可能性も出てくる。

 

「"相"という用語は、出来事、動作、活動が、どのような時間配分で、どのように繰り広げられるかについて述語が提供する情報に言及する。」

「一致した与格は、その存在が動詞述語の語彙的な相や行動様式に依存するため、構文研究において『相的』と呼ばれてきた(中略)

 

学習者は、このseの使い方が任意で強調目的だと教えられることが多く、その結果、なぜ一方が他方よりも良く聞こえるのかを十分に理解しないまま、自らの裁量で使う傾向がある。

 

A New Reference Grammar of Modern Spanishは、「代名詞化によって加えられるニュアンスは、時として非常に微妙なものである。bajar/bajarse 「降りる」/「出る」、llegar/llegarse 「到着する」/「近づく」、traer/traerse 「持ってくる」といったペアを正しく区別できるのは、熟語の真のマスターの証である」と述べている。

 

前回は、ある種の他動詞、すなわち消費、知覚、知識に関する概念について見てきた。

 

se comió la manzana, se leyó el libro, se sabe la historia などの文では、seは全体や集大成を表す。例えば、彼はリンゴを全部食べた、彼は本を全部読んだ、彼は物語を暗記している、など。

 

「(中略) SEは、状態の変化が続く絶頂期(ピーク)を焦点化する。(中略)SEの存在を、文が示す状況のピークとなる変化や完全な影響の観念と関連付けることが可能である。」

 

絶頂や全体性を表すseの役割を理解するためには、前回説明したtelicidad(目的終着点)の概念を理解する必要がある。この概念は、述語(動詞や、主語が何をするのか、何であるかを示すその他の要素)を、目的終着と非目的終着に分類するものだ。非目的終着述語は、「I ate apples」のように自然な始まりや終わりがないのに対し、目的終着述語は、「I ate an apple」のように暗黙の終着点を意味する。seは終わりのない活動ではなく、一度だけ完了した出来事に対して使われる。したがって、「se comió manzanas」は不自然に聞こえる。

 

このseのニュアンスは、ir, venir, caer, subir などの動詞の意味の変化も説明するもので、物がどこから、どこへ移動するのかを特定せずに、非目的終着的となる。英語では、出来事が完了したことを明確にするために、前置詞を使うことが多い。注:これらは意味が少し変わるので、一般的には別の代名詞の動詞と考えられてる。

 

「"pasear"、"ir"、"dormir "などの述語は、制限のない活動、一定期間維持できる状況を示すが、クリティック代名詞:"pasearse"、"irse"、"dormirse"によって、制限された出来事、境界のある出来事となる。つまり、『se』は述語に制限や境界を与える。

 

El niño fue (¿adónde?)「少年は行った」

(非目的終着的;更なる文脈情報なしには不完全)

 

El niño fue a la tienda「少年は売店へ行った」

(目的終着的;始点と終点があり目的地に焦点を当てている)

 

El niño se fue「少年は立ち去った」

(目的終着的;「立ち去る」の終点のある出来事)

 

El niño se fue a la tienda「少年は売店へ立ち去った」

(出発に焦点を当てている)

 

 

El niño cayó (¿de dónde o adónde?)「少年は落ちた」

(更なる情報なしでは不完全に聞こえるかもしれない)

 

El niño se cayó「少年は転んだ」

(目的終着的;これ以上の情報は必要ない)

 

El niño cayó al suelo「少年は床に倒れた」

(目的終着的;倒れた先に焦点を当てている)

 

El niño se cayó al suelo「少年は床に倒れこんだ」

(バランスを崩して地面へと倒れた)

 

 

しかし、相のseは、必ずしも出来事の結末を表すと説明することはできない。すでに目的終着的(限界のある)な述語で使われる場合、seは主語に由来する代理(考察参照)、意志、内的原因を表すというのが一般的な見解である。

 

「主語の主体性、あるいは主体性と密接に関連する意志、努力、関与などの特性を、アスペクト「se」で示される文の多かれ少なかれ安定した特徴として考える著者は少なくない。」

 

これは、「El niño se subió al tejado」(「少年が屋根に上がった」)という例で説明できる。これは通常、無生物には言えない。

 

「subirのような動詞ではそれだけで安定しており更に、生物主語か無生物主語かの違いもあり、(14a)では、無生物主語では、subirseのseが事象の最終段階に焦点を当てるだけでなく、主語が言語行動の代理人であることを必要とするので、文は非常に不確実である。実際、生物の主語があれば、この文は完全に文法的である:

 (14) a. ??*El globo se subió al tejado.

        b. El gato se subió al tejado.

 

Él no se bajó de la furgoneta hasta que ella bajó del tren.

「彼女が電車から降りるまで彼は車から降りなかった」

彼が「降りる」ことの代理人 -この出来事は主節で前景化されている;単に彼女が電車を降りたことを述べている -この出来事は従属節でやや背景化している;seを省略すれば、特定の時点で彼がバンから降りた事実を述べているだけで、降りる意志や決定を暗示せず、「降りる」ことを最初から最後まで全体の出来事として見ていない

 

Seは、聞き手と話し手をその全体を目撃できる、動作の瞬間に連れて行く傾向がある。以下の例では、代名詞の形によって、出来事の捉え方が変わり、salirseの場合は、暗黙の了解である原因も変わる。

 

「したがって、次のような一般化が可能である:ある事象が完全に理解できる場合、「se」を使用することができ、ある事象の最終状態が完全に理解できない場合、それを指定する動詞はその代名詞バージョンで使用できない」

 

La niña quedó atrapada en el pozo「少女は井戸に閉じ込められた」

(行為の結果に焦点;より文法的)

 

La niña se quedó atrapada en el pozo「少女は井戸に(落ちるなどして)閉じ込められた」

(少女の状態の変化、結果に焦点;行為全体に着目している;口語で一般的)

 

El coche salió de la carretera「車は道路から去った」

(原因へ言及せず;単に車がある時点で道路を離れた;事象の連続性や状態の変化はない)

 

El coche se salió de la carretera「車は(何らかの意志、原因により)道路から去った」

(車または運転手が事象を誘発し、それは全体の中で描かれている)

 

お気づきかもしれないが、口語体スペイン語(於スペイン)は、文体スペイン語よりもかなりse相を使う頻度が多い。これは、seをつけることによって、情報に主観的なタッチを加える効果があるためと思われる。ストレートな事実を提示するのではなく、原因や頂点、余計な考えをほのめかしているのかもしれない。非代名詞バージョン(無se)は、より淡々と出来事を説明している。

 

「これらの動詞の代名詞を伴うか伴わないかの違いは、口頭か書面かを問わず、コミュニケーション行為において言語行為を概念化する行為者である話し手や発信者の視点から、意味語用論的専門用語にて説明することができるということである。つまり、話し手や送り手(発音の責任者)もコミュニケーション行為の参加者の一人であり、自分の視点から述語を提示することができるということだ。」

 

つまり、非代名詞形はより客観的で、事実以上の情報を加えず、動詞の主語にもこだわらず、ただ質問に答えるだけである。¿Qué pasó? : Murieron 10 personas

 

代名詞の場合は、主観的であり、意図、原因、完成、頂点などの可能性を暗示し、動詞の主語に焦点を当て、文脈の中の出来事を前景化させることが多い。質問にも以下の様に答える。

¿Qué hizo X? : Juan se murió

 

 

更なる用例:

Juan pasó por mi casa ayer

(より客観的;フアンが通り過ぎたか立ち寄った状態を示している;通り過ぎただけかたまたま立ち寄っただけ)

 

Juan se pasó por mi casa ayer

(より主観的;フアンは、彼が我が家に立ち寄った行為に関係がある;行為者を暗示;スペインでより一般的)

 

Juan pasó el día entero en casa

Juan se pasó el día entero en casa

(行為者を暗示)

 

El hombre estuvo de pie todo el viaje

(直線的事実;原因や意志への言及なし)

El hombre se estuvo de pie todo el viaje

(行為者を暗示)

 

Esperaba esto

Me esperaba esto

(自らで創り出した期待;大きな期待;恐れていた可能性もあり;行為者を暗示)

 

Ven mañana y hablamos

(venirは非目的終着的なので、目的地への言及や示唆なしではやや曖昧)

Vente mañana y hablamos

(venirseは目的終着的なので、目的地は不要)

 

Imagino que hay vida después de la muerte

(非目的終着的行為;想像するが明確な意志はない;文体でより現れる)

Me imagino que habrá vida después de la muerte

(まさに今;この瞬間想像している;完全目的終着的;行為者を暗示;口語体でより現れる)

(引用終了)

 

同サイトには具体的な動詞の例もあるので引き続き解析していく。